【 ソープ四方山話 〜 その20 】
 
 01-02-E ……良性記立ち上げ
 02-10-12……20万件
 03-09-14……40万件
 04-06-29……60万件
 05-04-02……80万件
 05-11-09……100万件
 05年11月9日に良性記のアクセス数がとうとう百万件を超えました。
 掲示板やリンク集サイトや画像サイトではなく、無料のホームページ作成教本でもなく、更に、有名人でも若い美女でもない普通の年配男性が制作する個人サイトで、アクセス数が百万件に達するのはかなり難しいことだと思います。だから、これはもう嬉しいです。狂喜乱舞です。
 私は累計が10万件になった頃(いっちょ、百万、狙ったろか!)と思いました。そして、いろいろウェブのテクニックについて調べました。目標の難度は厳冬期の日高山脈を縦走する困難さに匹敵するに違いないと考え、気が遠くなるような想いでした。
 まさかこんなに早く100万アクセス達成の日を迎えるとは。
 アクセスログを眺めていて嬉しいのは、東海三県以外からのアクセスが存外にあることです。私の能力からするとどうしても話題が金津園に偏りますが、それでも遠方の地から良性記を眺めて頂き、メールで激励まで寄せられると実に嬉しいです。
 初めの頃はKWのリンク集(今はリンクなし)からのアクセスがとても多くて、同サイトには感謝しつつも、あたかもそこに従属しているが如き状態には大変苛立っていました。
 現在の新規のアクセスは、単語検索での到来がウェートとしては多いような気がします。勿論相互リンク先からの来訪も多いですが、そんなに目立って数を稼ぐリンク先はありません。
 良性記は膨大なテキストデータで創りあげているから、単語検索でのアクセスが多いようです。だから、単語検索によるサイト紹介順位を上げることが私の願いでした。
 M字開脚の画像検索で到来してくるのが多いので、私はこれが情けなくてガッカリします。こんなことでは我が国はノーベル賞受賞者が出せません。
 100万アクセス到達に至って、感慨はあっても苦労話などはありません。極めて楽しく記述させて頂いています。皆さんが愉快に読まれることを切望します。
 さて、世の中のHPを眺めているとキリ番ゲット!などと言って、例えば20万件目のアクセス者に記念品の贈呈なんていうのがあります。
 私は「キリ番ゲットに何の意味があるんかいなぁ?」と思うとともに、「アクセス者の行為を探るなんてええことかいなぁ?」という意識で眺めていました。
百万になったで!  しかし、自分のサイトが100万を迎えようとなると、さすがに、「何もないのも寂しいかな?」と思ったりしました。
 でも、アクセスログでそこまで把握していないし、そういうことができる能力を身につけるのも面倒に思っていました。
 05/11/09に100万アクセス到達必至の前祝いに金津園で嵌めをやり、帰宅してPCを起動すると、思わぬメールが入っていました。100万アクセス到達の祝福です。
 そのメールについていたのが左の写真です。初めて私にメールを発信したその方がPCの画面をカメラでお撮りになったのですね。これは結構なものをいただきました。
 私は、その日は数日前の唇の噛み傷がシクシクしていて、金津園では得意のクリニングスが全くやれず、相方もそれを残念がりました。しょうがないから酒をしっかり飲んで、その結果酔っぱらってしまいました。
 その時からもう100万のことはすっかり忘れていて、その日の朝、残りの数が70ぐらいであることを確認していたのですが、それ以降完全に意識から消えていたから、祝福のメールには驚きました。

 本稿は05年12月のUP予定だったのですが、100万アクセス到達の祝いとして、
 UP予定のなかった05/11/12に繰り上げて発表します。

店外デートの悩み
想い出のソープ嬢
 
 
 店外デートの悩み


 前回(四方山話19〜ソープ嬢のサービス)で嬢からの「1本サービス」のことを書いたら、その後金津園ワールドでは「1本サービス」への言及が何度か見られました。こういうことってよくあります。
 KWの書き込み者には良性記をよく見ている人がいるということです。
 その割にはあちらでは我が崇高なサイト自体には全く言及してくれません。これは異常だと思っています。
 KWの書き込み者で、一度でも良性記を読んだことのある男性は、その全員が、私がここでよく罵っているエゴで見窄らしき遊興人にご自分が該当すると思って、私に不快感を覚えているのでしょうか。それとも「年寄りは別の人腫だから言うことは参考にならない。無視しておくのが良い」と思っているのでしょうか。
 2ちゃんねるのほうでは良性記や私がかなりよく名前を挙げられるのにねえ。私は言及が大好きです。言及されるたびに突発的に良性記へのアクセス数が上がり、100万アクセスへのスピードが上がったから、たとえ罵りであっても、良性記のURLやサイト名称を示した言及は大好きです。『悪性記』なんて名前は本当に困るんですよね。
 で、KWでは良性記への言及が全然ありません。ひょっとしたらKWでは良性記の名前などを出すと管理人から没を喰らうのでしょうか。私はこれを実験したいけれど、ネット喫茶まで行くとか、プロキシを手配するとかまでして書き込みの実験をしたいとは思いません。
 私のほうは、以下の論考(或いは雑感〜その98〜人類の進化からソープ遊びを考える)のように、KWの中の何かを面白がって直接まな板に載せることはしていますが、着想・アイデアをここに探し求めてそういう意図のもとに眺めるようなことはしていません。
 だから、既に書き終わっている作品の中で取り上げた何かがその作品のUPの前にKWの中で大いに盛り上がった話題になったりすると、大変気分が悪くなります。(妙なことにこれが本当に多いのです)
 私は同じようなことを何度も書いているけれど、独創性や着眼点には自負がありますから、結果として『着想の一致』があるのは本当にいやです。

二回目の店外デート、良いアドバイスいただけないでしょうか。[悩み相談]
ハンドル名:覇王 [お風呂利用・2桁] 日時:2005/09/10(土) 12:00
 来月で一年になる、月に二回ダブルで通うオキニがいます。
 月末に二回目の店外デートをするのですが、何か良いアドバイスはないでしょうか
 参考までに、私は既婚者、子持ちで35歳、姫は中級店のソープ嬢で23歳です。
 一回目は、六月に映画、買い物、食事、(Hなし)としました。
 私は満足したのですが、姫はちょっと退屈してたと感じました。
ハンドル名:覇王 [お風呂利用・2桁] 日時:2005/09/13(火) 00:59
 多くの回答、ありがとうございます。何人かが言われたように、姫に直接聞いてみる事にします。
 諸先輩方の体験談などを聞きたいと思ったのですが、気分を害された方がいましたら申し訳ありませんでした。
 今回、既婚者、子持ちの一文は、あえて正直に書き込んだのですが皆様の反応は、予想した通りでした(私の親しい友人達も同じ答えでした)認めたくは無いのですが、それが世間一般の常識なのでしょう。(ちなみに、家族サービスはしてます)
(既婚者が言ってはいけないのでしょうが)縁があって親しくなれたので、先が無くても、もうしばらくは一緒に遊ぼうと思います。
 店外デートの金額の話ですが、前回払ったのは、食事代、映画代、買い物(ペアリング)ぐらいでした。いろんな姫がいるので、一概には言えませんが時間に対するお金は必要ないと考えます。

 この人は、コテハン書き込みにもかかわらず、随分ご自分の情報を出しています。多分くそ真面目な性格なんでしょう。(文章の中に注記の( )書きが多いのは私とよく似た性格らしいと思えます)
 くそ真面目だから、自分の投稿が『自慢』だとも気づいていないし、本気で質問している気配があります。
 相手の嬢が店外デートを許したのも、この人にくそ真面目なところが見られたからでしょう。子持ちの妻帯者の、頻度あるリピーターの真面目タイプというのは、店外デートを認めるような愚かな嬢が、客に店外デートを認めるに当たって肯定的要素です。
 月に二回ダブルで通う指名量はかなり値打ちがあるから、嬢は情にほだされたこともあって“指名”の維持のために店外デートを許しました。
 で、くそ真面目な男だから、顔を合わせているだけのデートが嬢にはつまらなかった。(話は退屈で、値打ちの買い物はなし<一応、35歳の所帯持ちということからそのように想像>。当たり前です)
 それにしても、35歳、子持ちで月に二回ダブルで通うなんていうことができるというのは、世間一般から見たらとってもすごいことです。よくそんな遊びがやれるのだなぁ、というのがおおかたの感想でしょう。
 私は、「姫はちょっと退屈してたと感じました」とご本人がわかっていて、なおも、KWに投稿しようとまで思うのなら、どうして、その嬢がアンタを引っ張るために店外デートに応じたことに気づき、また、店外デートをすることの是非を考えないのか、と思います。
 私はよく良性記で書いているのですが、「嬢との心の交流はいかなるものか」「嬢とのセックスは如何に遂行しているのか」ということを考えて貰いたいですねえ。
 もう一つ、もし互いにほんとうに惚れあっていたらどうするのということです。妻と子供がいるのですよ。遊びは遊びにしておいて、世界最強最善最良の遊びを目指すべきでしょう。
 もしこの人が、ご自分の家庭は健全にしておいたまま、その嬢を狂わせて自分が愉しもう、というすけこましの心で画策しているのなら、私は何も言いません。ご立派です。見事だまして、稼ぎをかすめとってくださいと言うだけです。
 しかし、文面からするとこの人はそのようなドンファンには見えません。ドンファンはお喋りだけで女を楽しくさせるはずです。セックスも上手で女をイカせまくります。
 この人が考え違いをしているのは、「いろんな姫がいるので、一概には言えませんが時間に対するお金は必要ないと考えます」の文に現れています。
 嬢が上客に店外デートを許すのかどうか、その店外デートで料金を取るのかどうか、これは嬢の意志によるもので、客が考えるものではありません。ここでは「有料の店外デートなら自分はしない」と書くべきでしょう。
 失いたくない上客だから嬢がやむなくデートに応じたのに、この人は自分の魅力が嬢を吸引したのだと思っています。
 本当に好意を感じているのならラブホに突入しますよ。よがりの絶叫が長々と続くものです。(この人は奥さんを快楽の淵に泳がせていないのではないかと想像します)
 まあしかし、ソープの女は簡単に(無料の)店外デートに応じすぎです。この男性が「もうしばらくは一緒に遊ぼうと思います」の程度の惚れ込み方をしているにすぎなくて、月の本数もやや多いとはいえどもさほどの数に至っていない客なのに、浅はかにも安易に妥協するのですから。
 なお、タイトルを『店外デートの悩み』としましたが、この人のしていることは店外デートの自慢ですね。それも、不毛のデートです。
 金津園ワールドのBBSはコテハン運営であるだけに自慢が多くて不愉快です。店外デートを自慢するアホも多いけれど、特に、高額店の遊興を誇らしげに示す書き込みが目立ちます。
 質問の形で自慢、意見の表明の形で自慢、こんなものを突きつけられると、金津園で3ヶ月に一度ぐらいのペースでもって、一回につき3万円前後のお金を決死の決断で消費している遊び人は首をつりたくなります。
 
 
 想い出のソープ嬢


 私はKWに次の投稿をしたことがあります。(2003/09/09)
 皆さん想い出と言うには生々しすぎるぐらいに近時の姫の名を挙げていらっしゃいますね。私はS58年からH2年までの想い出の姫を挙げます。
 コンチネンタル男爵(秋)…初入浴から3回目までお世話になりました。剛毛を刈り込んだ秘毛が懐かしい。
 女学院(慶子)…今でも生涯最上の女ではなかったかという印象あり。
 パールヒルトン(マリヤ、キャサリン、ラム)…ソープ遊びの愉しさを教えてもらった。
 パールヒルトン(キャンディ)…後年のオレンジハウス・ピアジェ、知る人ぞ知る。19歳の味見でした。
 ロイヤルヴィトン(セリーヌ)…当時(S59)は顔出し姫が少なかったからとても人気がありました。
 ボンボン(ミカ)…非顔出しで非美女だから人気はなかったが、淫乱さ抜群。おぼれました。
 ダイヤモンドクラブ(マヤ)…御存じ、伝説の妖女、金津の歴史に残るソープ嬢。
 ラカルチェ(ニーナ、ジュン)…前者は非顔出しで非美女・大柄、後者は顔出しのNo.1・短躯。
 貴公子(桃)…憂いを秘めた気高いような美女。
 貴公子(きぬ・衣)…性感の深さ抜群。
 迎賓閣(キャロル)…非顔出し、ほんとに惚れた。後年恵里亜のあずさ。
 マスターズ(山口香)…現役が長かった。入浴した人も多いのでは。
 マスターズ(工藤舞、仁科良)…非顔出し、性感の深さがたまんなかった。
 あまりに想い出が深いから、すべて小説に書いてしまいました。
 ネットでソープ嬢の実名(源氏名)を出すのは、非現役嬢にとどめておきたいですね。
※ 本稿は非現役嬢でもって話を進めるので、実名(源氏名)で書きます。
  当該嬢と遊んだことのある人は、華麗な裸体・マンコの形状を思い出して一緒に懐かしんでください。
  ピアジェは館のクルミでもありました。

 昭和60年頃から平成3年頃まで、東海地方では三つぐらいのソープ情報誌が出版されていました。私はその頃かなりの頻度でこれらの雑誌を買ってため込んでいました。
 平成6年になって、イメージスキャナーという便利なものがあると知り、私が通っていた金津園の嬢の写真を取り込みました。それでようやく雑誌が捨てられました。
 取り込んだ写真には、丁度その頃の通い女もいれば、平成6年の時点で、上がって5年以上も経っている昔の通い女もいます。それをここで披露します。
 なお、今現在も現役である嬢とか、引退したばかりである嬢とか、1回しか会っていない嬢の写真はカットしました。
懐かしい人1
懐かしい人2
 ※ これが著作権の侵害などになるのかよくわかりません。多分時効か何かで問題ないのでしょうねえ。
 画像の嬢は、数えてみると合計9名いて、いずれも、私の実体験話の小説に登場しています。
 このうち4人は惚れ込んで長く通っていました。付きあいの古い順に店の名前と源氏名を挙げると、パールヒルトンのマリア、貴公子の桃、マスターズのルイ、恵里亜のローザです。
 勿論残りの5名も、つきあいは短いけれど大変懐かしいです。
 この9人には名の通った嬢もいるから、活躍したのが古くても、写真を見て源氏名が言い当てられる読者もいることと思います。
 ダイヤモンドクラブのマヤ、パールヒルトンのキャンディ(ピアジェの名で有名)、マスターズの山口香、まあ、なんと思い出がよみがえること。
 たとえ画質が悪くても、対座していた時の面影を浮かばせてくれるから、やっぱり写真は良いです。(嵌められ顔よりも、活き活きと喋っている時の顔のほうが記憶に残っているものなんですねえ)
 熱中して通った嬢には顔出ししていないのも大勢いて、もう容姿が全く思い出せないのが癪です。

 マスターズでは平成元年から7年頃までよく遊びました。それまでは、ラ・カルチェ、貴公子、ボンボン、ムーンライト、宝石、迎賓閣、重役室などの店に入っていたのですが、マスターズに入ると、もうここをしっかり贔屓にするようになりました。
 私は堅気のサラリーマン、それも一流企業と言われるところに勤めていたから、強面系のスタッフのいる店がいやでした。とにかく私は○暴の気配を嫌っていました。
 で、この八つの店の中では、マスターズは、店にも客にも暴力団のにおいがしないと感じました。(当時は、あの組織の幹部が黒塗りの車で乗りつける光景を時々見た。それがとにかくイヤだった)
 客層も年齢的に高かったようで、店のスタッフの連中の雰囲気も良く、私は気持ちが落ち着きました。
 マスターズはそんなに若い美女を揃えてなくても私はすっかり気に入りました。部屋が広いし、女の子の選択もきちんとされていました。いわゆるチンピラそのままという女の子はいなかった。
 入浴したソープ嬢で源氏名も容姿も思い出せない嬢が6人くらいいますが、覚えているのは、山口香、ひとみ、ちあき、工藤舞、仁科良、相原エリカ、夏木ルイ、沙也加、樹里、早見優、桂木(仮名)。とても楽しかったです。
 この11人は、ひとみと樹里を除いてすべてアクメっていただいてます。工藤舞と相原エリカのイキ好きというか深い乱れが印象に残っています。ちあき、仁科良、沙也加、早見優も良いイキでした。
 マスターズはよくはやっていたけれど、末期はさっぱりになりましたね。店長がひどかった。
 マスターズは今はクラブロイヤルという高級店になっています。艶グループの上位三店や重役室、ルーブルなどと比べて部屋の内装と調度品などが見劣りするけれど、マスターズ時代の末期よりもよくはやっています。
 ある時このクラブロイヤルに入って、初会の嬢の前で、昔良く来ていたことを懐かしみました。
「僕はね、この店がマスターズという名前だった頃良く来ていて、平成元年から7年頃までよく遊んでいたんだよ。この建物の排水管に僕の中出しザーメンがどんだけ流れていったことか。もう、すごい量だね」
 そう詠嘆したら、嬢に受けました。その嬢が小学生の頃の話なんですよねえ。
 しばらく前に、JBGの光月麗奈のことが良性記のどこに載っているのか?というのが2ちゃんねるのソープ板で話題になりました。その答は私にしかわからないでしょう。
『夏子その1』を“競輪”で検索して出くくる話が、マスターズの早見優の思い出です。
『ソープ三昧その5』を“競輪”で検索するとヒットします。『ソープ三昧』はマスターズが舞台の思い出話です。
 早見優は素晴らしいプロポーションでしたね。マスターズではよくフロントのところにいて、私が店に入ると、私の顔を確かめるや否やピョコンとカウンターの下に沈み込みました。私が彼女に入浴したのは平成6年6月の1回なのですが、ひょっとしたら彼女は私のことを覚えているかもしれません。

 金津園に恵里亜という店がありますが、今の店は平成15年ぐらいに開店したものです。昔の店とは名前と店舗が同じでも、責任者や女の継承はありません。
 旧恵里亜は、私のおぼろげな記憶では、平成12年に店を閉めています。この店に私はかなりの回数入り、長年本当に楽しい遊びをしておりました。この建物の排水管にも、もう私の中出しザーメンがどれだけ流れていったことやら。私のソープ道楽の大活性期で、大変思い出深い店です。
 店が閉まるちょっと前、最後に入浴したのが後述の若い美女アリサです。
 その頃は私の通い女が恵里亜から別の店に移っていたので、私はもう足が遠ざかっていました。それでも、店が閉まったと聞いた時には大変寂しかったです。
 私が初めて旧恵里亜に入ったのはたぶん平成3年の前半です。恵里亜はとっても客の入りがいいといろんなところで耳にしていて、マリとマリア(1)という女に入るのがよいとどこかのソープ嬢に教えられました。
 私は、当時も「強烈な美人の顔出し写真を派手に載せている店」には触手が伸ばしにくいという心があったし、肝心のマリとかマリア(1)とかに予約の電話を入れても、毎度予約で満杯の冷たい答しか返ってこなかったから、なかなか突撃にまでは至らなかったです。
 で、ようやく突撃した頃には、もうマリもマリア(1)も上がっていました。
 写真で選んだミキ(1)に入浴して、まあまあの遊びができて、上がり部屋に入りました。そこでアルバムを見て美人が揃っていることに感心しているうちに、卒倒したくなるような歓喜を味わいました。
 迎賓閣(現:特別室)で通いつめていて、行方不明になったキャロルを見つけることができました。キャロルはアズサという名前で恵里亜に出ていました。
 なお当時は、超大衆店以外はコンドームを使用しない時期でした。金津園の各店が完全に使用しだしたのは平成4年5月あたりからです。コンドームに関わるアズサとの珍妙なやりとりは小説に書いてあります。
 アズサには、私は平成6年の一時的営業停止の時まで入り浸っていました。
 恵里亜では、個室が広くて立派なことに感心しました。それまで私がよく入っていた、マスターズ、ヴィーナス、宝石、ムーンライト、貴公子、迎賓閣、ボンボンなどよりも雲泥の差で客が入っていて、同じ金津園の店でもこんなに差があるのかとびっくりしました。
 それに、客の年齢層が低くて、待合室で私より年上の男をなかなか見かけなかったです。そのことに驚きました。
 こんな若いのがソープに浸っていていいのかなぁ──待合室で、眼光の冴えないどんよりした顔の男が貧乏揺すりをしていたり、大股開きでだらしなく腰を突き出してソファーに腰掛けているのを見ると、いつもそう思っていました。
 平成6年の店の検挙の前も後も、恵里亜では素晴らしい女神にたくさん出会えて、楽しい想い出がいっぱいあります。もう昔のことだから、誰かに意外な迷惑をかけることもないと思うので、対面したソープ嬢の名前をすべて挙げてみましょう。
×ミキ (、2、3)
 この意味は、H3〜11年の8年間に、ミキの源氏名の女が少なくとも3人いて、その最初の赤字の女に私が入浴したという意味です。以下、3人とか2人というのは、あくまで私の記憶ですから違っている可能性があります。
 番号が赤字になっていない女には入浴したことがありません。
 ミキ(1)はスレンダー美女。ハマリにはまったカモの上客がたくさんいた。
 ミキ(3)もスレンダー美女で、現在もどこかの店で現役(私は未入浴)。
 アズサ(、2、3)──私の実体験小説において、迎賓閣→恵里亜、H6年に(恵里亜の営停時に)吉原へ。
×A子 (源氏名失念)
 B子 (源氏名失念)
 C子 (源氏名を伏せます)──『平成8年の大放蕩とその後』において由美
 ナツミ(、2)──『私の実体験小説において夏子、但し、平成8年では重役室に別源氏名にて在籍した。
×ユカリ(、2)──小説『翠』において由香里
 ユカリ(1)は一時期No.1を張った、スタイルの大変魅力的な女です。
 剛毛の恥毛が記憶に残っています。H6年に(恵里亜の営停時の前?に)吉原へ。
 マイ (、2)──『ソープ道入門』において舞子
 マイ(1)の『初イキ』が思い出深いです。
 ローザ──私の実体験小説において弘美、ロイヤルヴィトン→恵里亜→(恵里亜の営停時に)ヴィーナス→恵里亜
×ヒカル(、2、3)
 ヒカル(1)は色白の美人でした。
 小説でクリトリスの大きい女として登場しています。ビデオにも出た筈。H6年に吉原へ。
 『ソープ道入門』での記述
 ××園から吉原に替わり、その後また××園に戻ってきた女なんだけれど、僕が会ってみると、雑誌の写真の通り特級品の美人で、クリトリスが、日本人離れした、中指の先ほどのデカ豆で、性格は芯の強そうな感じの熟女だったんだ。
 H6年に恵里亜が営業停止になった時大勢の嬢が吉原へ行ったのは、私はヒカル(1)の吉原情報が大きく影響したのではないかと見ています。
 リリー(、2)──小説『翠』において百合
 リリー(1)は人気嬢だったけれど、私から見れば、ちょっと豊満系でした。H6年に吉原へ。
 ミユキ(、2)──小説『由美』において
×エリカ(、2)
 エリカ(1)は鉤鼻のスレンダー美女でした。かなりの人気嬢だったけれど、私から見れば、ちょっと高慢に思えた。貢がせ屋。
 エリカ(2)は富士額が特徴で、やや豊満系、長身の超人気嬢だった(私は未入浴)。伝聞情報ではあるが、大変性格のいい女。
 恵里亜を退店した後4年後ぐらいに復帰した(→シーレイ)。
 シオリ(、2)
 シオリ(1)は、確かナポレオンという店(ふるい!)で顔出ししていたから、かなりのベテランになる。かなり長身でした。
 アキナ(、2)──『平成8年の大放蕩とその後』においてA子
×ユウ (、2)──小説『弘美と由美』において美香
 ユウ(1)は超人気嬢で、後にラ・カルチェに出た。
 サヤカ(1、)──『ソープ道入門』においてリナ
 サヤカ(2)は恵里亜の閉店後、ハートムーンでしばらく働いた。
×サクラ(、2)──『ソープ道入門』においてアンナ
 サクラ(1)はもう見事なプロポーションでした。
×アスカ(、2)──小説『退屈しのぎ』においてシズカ
 アリサ──小説『初会の女』において杏里

 総勢20人ですか。たくさんの女に嵌めましたね。数は多いけれど、嵌め方は特定の嬢に傾斜して、世間一般の遊び人よりは随分偏っています。
 参考:ソープ板──【ソプ最高】ソープしか楽しみがない6【姫大好】
130 名前: 名無しさん@入浴中 投稿日: 2005/11/06(日) 11:44:58 ID:saS5dTm90
>これくらいの歳になるとなかなかヤラシテくれなくて。

失礼ですが独身の俺には解らないんですが
同じ相手の中年女性でもやりたいって感情が起こるものなんですか?
ソピでもわたし、32歳程度までが限界にしてるんです。
それも同じ相手って飽きちゃうんですよ
133 名前: 名無しさん@入浴中 [sage] 投稿日: 2005/11/06(日) 16:17:52 ID:TpGCb75S0
>>130
自分が歳取ってくると、好みの女性の年齢も自然と上ってくるよ。

ソープは、いわば読み切りのマンガ。基本的に1話完結だからね。
何度も読み直すもんではない。
それに対して、嫁さんは、まあずっと集めてる長編マンガみたいなもん。
134 名前: 名無しさん@入浴中 投稿日: 2005/11/06(日) 16:23:42 ID:YlhiCgbr0
>>133
そうだな。
オイラも年取ったから自分の娘に近い若い子は苦手だな。
30超えた嬢の方が落ち着く。
135 名前: 名無しさん@入浴中 投稿日: 2005/11/06(日) 17:00:41 ID:mwKKCVF6O
いい歳した嫁さんいる中年でも
ソプ来るんだね。待ち合いで見る
中年てみな別れたか、はなから独身だと思ってた。
 私は「読み切りのマンガ。基本的に1話完結」というのは基本的に反対ですね。良いのに出会えば、嵌めが偏るのが当然でしょう。嵌めが偏らないような人というのは人物に魅力がありません。
 私は「オイラも年取ったから自分の娘に近い若い子は苦手だな」といういじけた考えには賛成できません。
 135 の考えの人が意外に多いのですねえ。40歳超えた嫁に嵌めの意欲が湧く男性がそんなにいるはずがないのに。
 さて、元に戻って、総勢20人は全員が何らかの形で私の小説に登場しています。
 小説を読んでいただけばわかりますが、私は、アズサ、C子、ナツミ(1)、ローザの4人にはたっぷり通いました。
 記憶がはっきりしないのもあるけれど、イカせられなかった嬢には×をつけました。勿論よがってはいただきましたよ。×をつけた女は殆どが1回こっきりの対面で、何度か入浴していたら、気をやらすことができた女が半分以上はいたと思います。
 それにしても、恵里亜では女に気をやらせた割合が低いですねえ。
 たとえば、後年の艶グループの嬢ですと、対面した嬢の数は18人で(これは本稿の大部分を書いた平成15年秋でのカウントです)、このうちアクメに到達させられなかったのは2人しかいません。また、上述のマスターズでもイカせ率は恵里亜よりも断然高い。
 なお、現在の高額店や当時のマスターズと、当時の恵里亜とを比べると、客の年齢は明らかに当時の恵里亜のほうが低かったです。
 どうしてこんなにイカせ率が違うのかと考えると、次が想像できます。
(1) 即尺即ベッドの奉仕づくしでやっている女のほうが客の愛撫を好意的に迎える。
(2) 当時の恵里亜はどの女も本数が多くて、忙しいがゆえに気をやることに拒否感が強かった。
(3) 即尺即ベッドの店の女と、恵里亜のような『ガキ客相手の恋人ムード』でやっておればいい店の女との違い。
  ──前者のほうが自分の『みだら』に抵抗感が少ない。後者は取り澄ました感じ、また、客をなめた感じ。
 ×印のイカせられなかった8人の女のうち、私の性技を心の底から甘受するという感じになってくれずに不成功に終わったのが5人で、後から考えても不感症としか思えないのが3人です。
余談
 20人の女神の名前を見ると和風のものばかりだけれど、『ローザ』だけが違っています。
 これは、ロイヤルヴィトンで売れっ子だったローザが恵里亜に移籍しても名前の継承を許されたからです。
 ローザは恵里亜が営業停止になるとヴィーナスに移りましたが、そこでも、その店で従来使われたことがなかった『ローザ』の名を使いました。
 現在ヴィーナスは『ローザ』の名前を女の子に使わせているけれど、この売れっ子の名前の継承なのです。
 現在の恵里亜は当時の恵里亜と縁もゆかりもなくても、当時の源氏名をそのまま使っています。懐かしい名前ばかりです。(名前は同じでもウエストのスリムさが完全にかけ離れています)
 ところで、私は良性記でいろんな源氏名を使っています。その源氏名が偶然なのか、現在の金津園の嬢の名に使われています。
 木蓮とか初音とかは、普通源氏名として思い浮かばないものだと思うのですが、金津園の店で使用例があります。もし偶然の一致でなければ、私は楽しいです。

 雑感その13に次の文があります。
 光源氏は、一度関係を持った女にはまめに通って、最後まで見捨てることなく面倒を見ました。見事に多角的セックスライフを構築しました。女に対して、なかなかのまめ人でした。
 私はこういうことが頭の片隅にあったのか、ソープ嬢と馴染みになると、いつまでもつきあいを続けました。そして、同時に3人や4人の女に通うことが多かったのです。まるで光源氏みたいです。
昭和63年〜朱美、木蓮、翠
 平成3年〜木蓮、翠、萌葱
   4年〜翠、夕月、弥生
   5年前半〜翠、由美、茜、弥生
   5年後半〜翠、由美、弘美、夏子
   7→9年〜由美、弘美、夏子、桂木
 こんなふうにマルチにファックをしていました。
 私は次のように通い女を位置づけていました。
   翠 〜葵の上、六条御息所
   由美〜夕顔、明石の君
   弘美〜紫の上
   夏子〜空蝉
   桂木〜花散里
   弥生〜朧月夜の君

 営業停止の憂き目にあった恵里亜が平成6年の11月にようやく再開したので、私は馴染みの女との再会を期待して12月に久しぶりに店に入りました。
 呈示されたアルバムは、エリカ(2)とシオリ(1)の2枚でした。
 私は、シオリ(1)がスリムな長身の美人で、ナポレオン時代から気になっていたので、こちらを選びました。
 エリカ(2)は、豊満系に見えて、富士額が気に入らなかったから、選ばなかったのですが、あまりに若くて背も高く、よだれが出るような美人だったので気後れしたとも言えます。
 その後エリカ(2)が総本数70を超えるような人気を得ても、結局私は入浴しなかったです。
 通い女に遠慮して、超人気嬢だからこそ浮気をしなかったのですが、あの頃エリカ(2)に対面しなかったのは残念に思います。
 平成7年の頃、私の部下二人を恵里亜に連れて行ったことがありますが、一人にはサヤカを、もう一人にはエリカ(2)を推薦して選ばせました。私はいつもの馴染みの女に入りました。
 サヤカに対面した男は精力不足もあって不発に終わったのに対して、エリカ(2)に入浴した男は「二発半できた〜」と喜んでいました。この話はソープ道入門に書いてあります。
 エリカ(2)は私と会ったことはないけれど、私が手配したことを知って、由美に、「××さんに、ありがとうございましたと伝えてください」と言ったそうです。
 やっぱり人気嬢は心構えが違うな、と思いました。

 恵里亜で平成2年以前の有名嬢がマリとマリア(1)とすると、平成3年から閉店までの期間の有名嬢は次でしょう。
営業停止前……ミキ(1)、ユカリ(1)、ヒカル(1)、リリー(1)、エリカ(1)、ケイ
営業停止後……ケイ、エリカ(2)、ミキ(3)、マリア(2)、ユウ(1)、サクラ、アリサ
皆美人で、今でもネットに想い出のソープ嬢として名前が出てきます。
このうち、ケイとマリア(2)はここまで何も書いていませんので少し説明をつけておきます。
ケイは勝ち気な性格だったようで、ビデオ(有森麗)にも出てました (私は未入浴←性技的にダメだとわかっていたから)
マリア(2)は長身、面長、豊満系の美人です (私は未入浴←スレンダー好みにつき)。
マリア(2)とミキ(3)は、平成17年秋現在では、旧恵里亜経験者の数少ない現役です(源氏名は変わっている)。
 記憶では、平成9年頃にはエリカ(2)が恵里亜を退店していて、その後の人気嬢は、ユウ(1)(ノーブル系)、マリア(2)(面長、豊満系)、ミキ(3)(激しくスレンダー系)、アリサあたりかと思います。
 私が触手を伸ばしたくなるのはスレンダーの女だから、ミキ(3)には大変興味があったけれど、エリカ(2)の時と同じで、通い女に遠慮して入浴が果たせなかったです。
 惚れた通い女がいると、なかなか遊びの幅が広がりません。
 各年度のNo.1嬢が誰であったかはよく知りません。私は通い女で充分満足していたから、そういうことにそんなに興味がなかったです。
 でも、何となく耳に入ったことから想像すると、平成3年以降平成12年までの歴代No.1嬢は次の順序であったのかもしれません。
エリカ(1)
ユカリ(1)
エリカ(2)
ユウ(1)
マリア(2)
アリサ

 ユウ(1)とかエリカ(2)とかの美女は、今はやりの写真修正など全くする必要がなかったです。
 ユウ(1)は、金津園で働いたすべての女の中では美貌面で多分ベスト5位以内に入るでしょう。ベスト1位に挙げる人もいると思います。私がこの20数年間で対戦した嬢の中で、文句なしに一番の美貌でした。(惜しむらくはスタイルに少しだけ難があった)
 ユウが恵里亜からラ・カルチェに移り、その店で引退してかなり経った頃に、私は彼女が7千万円貯めたと聞きました。本当のことかどうか知らないけれど、ユウの美貌、勤続年数、会話力、性技、しっかりした性格から見たらあり得ないことではないです。
月2.5百万円×12×6年=1億8千万円
 私は二回しか対面していないけれど、ユウが超上玉美女で、なかなか会話力があったことは間違いないし、ホストに入れ込むタイプにも見えなかったです。
 年数とS着必須の仕事から見て7千万円はちょっと多いように思うけれど、ユウは客に親密感を抱かせる接近タイプだから、結構お客からご祝儀をもらっていたのかもしれません。外出にも応じていたようだし、20万、50万程度のご祝儀がすぐにもらえます。美人は得です。
 ユウがラ・カルチェに在籍の頃、2ちゃんねるで「ユウは3回戦OKですか?」なんて書く人がいました。
 同じように客面して対面したところで、性技もユーモアも身につけていないのに、ご祝儀の出せる客と違って、彼女の100%の応対を受けられるはずがありません。(3回戦については、ご本人の勃起力と人当たりの良さ次第です)
 (セックスの対象となる)女の格は美貌度で決まります。男の格は、知力または経済力またはセックスの巧さで決まります。
「ユウは3回戦OKですか?」と書き込んだ人は、男の格のどの判定基準でも、多分格付けC以下だろうに、臆面もなくA級(S級?)の嬢を願望するから、ちゃんちゃらおかしいです。こんなみっともないことを書かずに、嵌めたいなら黙って入れ!ということです。
 大体が、ユウほどの美人嬢ならば、1回戦をさせていただくどころか、生の手でチンコを触って頂くだけでも大感激だろうに!
 私なんかは、知力とセックスの巧さに自信があっても経済力と時間の捻出に自信がなかった頃は、なるべく断トツのナンバーワン嬢は狙わないという遠慮があったのにねえ。→それは今でも同じです。
 どんな客も予約さえ取れれば美人度が一級のソープ嬢に対面できます。でも、レベルの低い客は、会話力とかセックスの腕を磨いてから一級ソープ嬢の予約を取るべきでしょう。人物の格・ど根性が違っています。
 要するに、「俺は嵌める男、相手は嵌められる女」という意識ではダメです。嵌めの質が大事。歓待の心が伴わなければ、生きた肉筒を用いたマスターベーションと同じ。
 先ず美人度の格の落ちる女と遊んでそつのない遊び方をマスターすべきです。そつだらけはそつ業しなければ。射精までの過程を大切にするのです。これが魅力的に遂行できるようになれば、ご祝儀をはずまなくても、第一級のソープ嬢から歓待されます。
 風俗遊びは、抜くことではなくて、その嬢から如何に目一杯の歓待をされるかを志向しましょう。
 なお、2ちゃんねるの金津スレに『金津で一番美形な姫は?』というのがあり、まだ立ち上がったばかりで45までしかレスが進んでいないのですが、当然ユウの名も挙がっています。推挙者がまだ一人というのが不思議です。
 まあ、ユウが引退していることもあるし、ああいうものはどうしても艶と英國屋に推薦を受ける嬢がやたらと偏ります。艶や英國屋の嬢の名前を挙げることが書き込み人の優越感だからそうなります。
 これを眺める人はそういう人間の心をわきまえてここを眺めましょう。でも、おもしろいもので、褒める動作だから、源氏名の誤変換がありません。ということは、誤変換は罪の意識か!
(千戸拾倍 著)
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